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概要:多くの企業が取り入れる「KPI」ですが、実は正しく運用できていない例も少なくありません。リクルートでKPI講師を11年務めた中尾隆一郎さんがA社のコンサルに入り、つまずきがちなポイントを指南します。
近年、多くの企業で導入が進んでいる「KPIマネジメント」。前回は、KPIマネジメントに取り組むことを決めたA社が、その導入ステップに従っていざ実践に踏み切ったもののつまずいてしまったポイントについて、私がコンサルティングに入りながら軌道修正していく様子をお話ししてきました。
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「KPIマネジメント」でつまずきがちなポイント超解説【前編】。新規事業で売上を目標にするのは危険
本稿はその後編です。1〜10まであるKPIマネジメントの導入ステップ(下図)のうち、今回フォーカスするのはSTEP5以降です。
A社の取り組み概要
1年前にサブスクリプション(定額課金)のデジタルサービスを立ち上げる
価格メニューは2種類:月額プラン500円、年額プラン5000円
過去1年間は、サービススタート時に定めた売上目標をゴールにしたが未達
前期の売上実績は7000万円。今期の売上目標は1億円
STEP5:目標設定
KPIマネジメントでは、特に次の4つの項目を明確に定める必要があります(詳しくは前々回の記事を参照)。
Goal:最終的に到達したいゴール。利益、売上、ユーザー数など。
KGI(Key Goal Indicator):Goalを数値目標で表したもの。
CSF(Critical Success Factor):ゴール到達のために最も重要となるプロセス。KFS(Key Factor for Success)やKSF(Key Success Factor)とも呼ばれる。
KPI(Key Performance Indicator):事業成功の鍵(=CSF)を数値目標で表したもの。
筆者作成
前回、STEP1〜4まで順を追ってA社と確認していった結果、A社はいきなり「新規の会員獲得を増やす」ことに注力するのではなく、まずは「退会者数を減らす」ことを最優先に考えた方がよいことに気づきました。
「退会者数を減らす」と聞くと、多くの人がついつい「退会を申し出た人を慰留すればいいのではないか」「月額プランから年額プランへなど、より長期契約へと乗り換えてもらえばいいのではないか」という発想になりがちです。
しかし前回お話ししたように、こうした策はあまり有効でないことが多いものです。退会希望者の慰留は往々にしてうまくいきませんし、契約期間を長くしてもらったところで、次の契約更新時にごそっと退会されてしまっては元も子もないからです。
ではどうしたらいいのか? これも前回お話ししたように、今いるユーザーの満足度(≒利用頻度)を高めることを最優先するのです。
現在会員数とはつまり、下図でいうところのバケツの中に入っている水の量のこと。どんなに蛇口から大量の水を出しても、バケツの底に大きな穴が空いていればいつまで経っても水はバケツにたまりません。それと同じで、退会者数を減らさないことには、どんなにコストをかけて新規顧客を開拓しても徒労に終わってしまいます。
A社
「今いるユーザーの満足度を高めることを最優先する」、たしかにそうですね。これについてチームメンバーと話し合い、我々は1カ月間にサイトを訪問してくれるユーザーの人数を増やすことを目標にしてはどうか、ということになりました。
サイトを頻度高く訪れてくれるということは、それだけA社さんのサービスに満足してくれているはずですからね。
A社
はい。具体的には、我社では月あたり5回以上サイト訪問してくれるユーザーを「ロイヤルユーザー」と定義することにしました。
というのも、社内の検証で「月あたり4回以下しか訪問しないのか/5回以上訪問するのか」の境目のところで、有料会員化率(コンバージョン率)が大幅に変わることが分かったんです。
その基準でいくと、今現在、会員全体に占めるロイヤルユーザー率は何%ですか?
A社
ロイヤルユーザー率は7%程度です。それ以外のほとんどは、残念ながらサイト訪問回数の少ないライトユーザーですね。
このライトユーザーをロイヤルユーザーへと転化できれば退会者も減り、会員の獲得効率をもっと高められるはずです。そこで、「ロイヤルユーザー率を20%にする」をKPIとして掲げようと思っています。
なるほど……。ロイヤルユーザーの数を増やすことをKPIにしようという方向性自体は、とてもいいと思います。ただしここでひとつ、注意していただきたいことがあるんです。
分母も分子も変数は危険
A社では「現在7%のロイヤルユーザー率を、向こう1年で20%にまで高める」ということをKPIに据えようとしているとのことです。
これを聞いて、私が真っ先に懸念したこととは何か。それは、ロイヤルユーザー率の計算式を考えてみれば分かります。
A社に限らず、時々このような分数のKPIを見かけることがあります。しかしこの分数を取り扱う場合は注意が必要です。特に、分数の分母が変数の場合は要注意です。
例えば目標達成率も分数ですが、分母は目標数値という定数です。「1年間で売上を1億円上げる」が目標で、その目標をどれだけ達成したかをKPIにする場合、期末に実現した売上が5000万円であれ1億2000万円であれ、「1億円」という分母の目標数値が変わることはありません。
ところが、A社がKPIにしようとしているロイヤルユーザー率は、分子も分母も変数です。分母が変数だと何が問題なのか、分かりますか?
例えば、全体のユーザー数が減ってしまった時のことを考えてみましょう。
仮にいま、A社の全ユーザー数が100万人、ロイヤルユーザー数が7万人いるとします。この場合のロイヤルユーザー率は7%ですね。
もしこれが、ロイヤルユーザー数は変わらないのに、全ユーザー数が30万人にダウンしてしまったらどうでしょうか。
「ロイヤルユーザー率20%」は達成したけれど、売上にはなんら寄与しなかったということがあり得るのです。
ではどうしたらよいのかというと、分数の計算式で表されるKPIをやめて、実数にすればよいのです。今回のケースで言うと、ロイヤルユーザー率ではなく、「ロイヤルユーザー数」にするということですね。ロイヤルユーザー数(利用回数が多く、退会可能性が低いユーザー)が増えれば、サブスクの売上は着実に増えていきます。
STEP6:運用性の確認
A社
次はSTEP6ですが、「運用性の確認」というと、具体的にはどんなことを確認すればよいのでしょうか?
このSTEPは案外見落とされがちなんですが、実はけっこう重要なのです。ポイントは3つ。整合性、安定性、単純性です。
最初の「整合性」は、KPIを達成すればKGIもちゃんと達成できるのかを確認する、ということ。これはあまり見落とされることがないのですが、問題は残る2つですね。
得てして忘れられがちなのが「安定性」と「単純性」。そのデータが安定的に取得できるのか、そして、運用は簡単なのか、という点です。
KPIはKGIの先行指標でなければ意味がありません。このまま施策を実行していけばKGIが達成できそうか分かる信号のようなもの、それがKPIです。だからこそ、データが決まったタイミングで先行指標として把握できることが大切なのです。また、データを取得するのに大きな工数がかかるようでは、持続可能な運用はできませんよね。これらを確認するのが「安定性」です。
続く「単純性」とは、「KPIが達成できればKGIも達成できる」ということが簡単に理解できるかどうかを確認する作業です。よく外部のコンサルタントがKPIを設定すると、現場のメンバーがすぐには理解できないような、複雑な式でKPIとKGIの関係を説明することがあります。でも、現場が理解できないKPIは往々にして絵に描いた餅になってしまうもの。そうならないためにも、極力シンプルであることを心がけるべきです。
A社
なるほどよく分かりました。今回の当社の案件では、注目すべきは「ユーザーの利用回数」ですから極めてシンプル。この3つの観点から見ても問題は小さそうです。
STEP7:対策の事前検討
A社
中尾さん、KPIマネジメントに取り組むうえで、ひとつ気になっていることがあるんです。
何でしょうか?
A社
KPIを決めて実際に運用を始めて以降の、「撤退ラインの決め方」です。
KPIマネジメントを運用し始めてみたものの、経過があまりにも思わしくなければ施策を中止することも決断すべきですよね。
もちろん。撤退ラインをあらかじめ決めて、責任の所在を明らかにしておくのは重要なことですね。
A社
ところがチームメンバーの中には、「これだけのコストをかけて開発をしたのだから、経過が思わしくないからといって施策を中止するなんて考えたくない。あくまでも続けることを前提にして、チーム全員が一丸となって頑張るべきだ」という意見があるんです。
もし中止ということになれば、開発にかけたあの費用は何だったのか、というわけですね。
ひとたび投資をしたのであればうまくプロジェクトを軌道に乗せるための努力は当然すべきですが、「どうやって頑張るのか」の部分を明確化しておかないと危険ですね。
実はこれも、KPIマネジメントでよく出くわす“あるある”なんです。
この問題を考えるうえでは、「撤退するかどうか」という実際の判断と、「撤退ラインを事前に検討する」という2つを切り分けることが重要です。正確に言うと、「KPI数値が悪化した場合にどうするのか」を決めておく、ということです。撤退はその選択肢の1つにすぎません。
KPIが悪化した場合、あるいは向上しない場合の選択肢は、大きく次の3つに分けられます。
あきらめる(=撤退する)
KPIの目標を下方修正する
KPI数値を改善するためにテコ入れする
「撤退する」は上記3つのうち(1)に該当しますが、それ以外にも、目標が高すぎたと判断して下方修正する(=上記の2)、使える経営資源が潤沢にあるなら人員をあてがったり追加の資金を投じる(=上記の3)などの手段が考えられます。
特に(3)については、追加的に投じられる経営資源がどのくらいあるのか、あるとすればどのくらいのタイミングでそのテコ入れ策を講じるかをあらかじめ決めておきたいものです。それをせず、ただひたすら現有のリソースのみで現場のメンバーに「もっと頑張れ」と発破をかけるだけでは何の解決にもなりません。
つまり、撤退だけを決めるのではなく、何らかの判断をする日にちと内容を決めておくことをお勧めします。
STEP8:コンセンサス
ここまでプロセスが進んだら、あとは関係者間でコンセンサスをとったうえで、いよいよ運用開始ですね。
A社
はい、そうなんですが……。プロジェクトメンバーの中でも、この取り組みに対する温度感に違いがあって、足並みが揃っていないなと感じるんです。
具体的には?
A社
例えば、このプロジェクトの目標を達成するためには営業部のサポートも不可欠ですが、営業部は他のプロジェクトにも関わっているせいか反応が鈍いと感じるんです。
ここで決めたKPIを組織全体に浸透させ、みんなが我が事として同じ目標を追うように意識合わせをするには、どうすればいいのでしょうか?
関係者の意識合わせは組織ならではの事情もあるので一概にこの方法だとは言い切れませんが、代表的な方法を2つご紹介しましょう。
KPIマネジメントのワークショップを実施する
1つは、関係者が集まってKPIマネジメントのワークショップを実施するという方法です。やり方は簡単です。
個人ワークとしてGoal、KGI、CSF、KPIを考案する
数名のグループで共有、Goal、KGI、CSF、KPIを確定させる
グループ間で対話し、Goal、KGI、CSF、KPIを確定させる
このワークショップに、反応が鈍い組織(今回の例では営業チーム)も一緒に参加すればいいのです。
専任をアサインする
もう1つの方法は、積極的にコミットしてほしい組織から、専任の担当者をアサインしてもらうことです。
その組織には、おそらく当該プロジェクト(今回の例ではサブスクビジネス)よりも重要なミッションがあるのでしょう。当然、メンバーはそのミッション遂行を優先します。
であれば、このサブスクビジネスの専任をつけてもらえればいいのです。その人にとってもやることが明確になりますから、他のメンバーと足並みを揃えて邁進してくれる可能性が高まります。シンプルですが、有効な方法です。
STEP9〜10:運用・継続的に改善
A社
最後にもうひとつ伺いたいことあります。
運用中にKPIを変更するのはアリなんでしょうか?KPIマネジメントをいざ始めてはみたものの、途中で「これではとうてい目標達成できなさそうだ」と気づくこともありえますよね。
これも時々いただく質問です。いろいろなケースがありますが、結論を先に言ってしまうと、OKです。
例えば、CSFが間違っていた場合は、KPIも変えるべきです。実際は、現場の担当者たちが対話を重ねて決めたCSFが大きく逸脱しているケースはほとんどありません。しかし、実際にやってみたらKPIが高すぎた、あるいは低すぎた、ということは十分に考えられることです。
あるいは、KPIを達成してしまった場合も次のCSFに変更すべきです。
前々回もお話ししたように、KPIマネジメントは複数あるビジネスプロセスの中から、最重要プロセスを1つだけ選ぶことがポイントです。
「最重要」とは、言い換えれば「最も弱い」プロセスのこと。成果はビジネスプロセスの「最も弱い」プロセスの影響を受けますから、そこを強化することで全体の成果を上げよう、というのがKPIマネジメントの考え方なのです。
であれば、期間中にKPIを達成できた(=最も弱かったプロセスが強化できた)のなら、時間を空費することなく次のCSFに(つまり弱点)にとりかかりましょう。つまりKPIマネジメントは静的なものではなく、動的なマネジメント手法だということです。
こうして常にカイゼンし続けていくことで、高い成果を上げられる強い組織ができあがります。
今回はサブスクビジネスに取り組むA社の例を使って解説してきましたが、KPIのつくり方は基本的にはどのビジネスでも同じです。ぜひあなたの組織でも、実際に手を動かしながら、KPIマネジメントを実践してみてださい。
※この記事は2021年6月4日初出です。
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