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概要:為替市場では政府・日銀による政策対応への思惑が高まりつつも、ドル/円相場は基本的に年初来高値圏で推移している。こうした状況下、改めて「どうすれば円安は止まるか」という点に関して世の問題意識が高まっているように感じられる。
[東京 16日] - 為替市場では政府・日銀による政策対応への思惑が高まりつつも、ドル/円相場は基本的に年初来高値圏で推移している。こうした状況下、改めて「どうすれば円安は止まるか」という点に関して世の問題意識が高まっているように感じられる。
9月16日、為替市場では政府・日銀による政策対応への思惑が高まりつつも、ドル/円相場は基本的に年初来高値圏で推移している。唐鎌大輔氏のコラム。2016年1月撮影(2022年 ロイター/Jason Lee)
<円独歩安と貿易赤字の急増>
現下の円安を「円売りではなくドル買い」ともっともらしく説明したい向きが目立つが、名目・実質双方のベースで円相場の下落は他通貨対比で突出しており、全てをドル側の要因で説明しようとする態度に筆者は賛同できない。
図示すれば一目瞭然だが、今年に入ってからの円相場の動きは「底割れ」と言って差し支えない。ドル全面高には違いないが、ここまでの動きを強いられている通貨は円以外にない。
やはり見るべきは、円の基礎的需給環境の変化である。年間の貿易赤字が過去最大を記録する見通しで、季節調整済みの経常収支も赤字へ転化している以上、為替市場で「円を売りたい人の方が多い」という需給環境が極まっているというシンプルな事実は見逃せない。
だからこそ、日本からその需給環境について何らかのアプローチができるのではないかという発想はあっても良いはずである。もちろん、米金利が下がってくれば円安が落ち着く部分もあろうが、いかんせん金利の議論で米国発の材料を凌駕するのは難しいだろう。
需給環境に直接アプローチする方法としては、話題の円買い為替介入が想起されやすいものの、原発再稼働による燃料輸入の減少やインバウンド解禁による円買いの増加なども一案としては挙がる。こうした施策は為替市場で断続的に取りざたされているが、どれも実現性や決定打を欠く印象は否めない。
<ドル高政策として成功した米国のリパトリ減税>
だが、単純に「円買いを増やす」という事実を果たすならば、他にも方法はある。外貨準備を使って円買いを促すのは為替介入で政治的な問題をはらむが、日本企業が海外に保有する外貨を日本に還流させても同様の効果は得られる。ここで思い返されるのが2005年にブッシュ政権が実施した米国の本国投資法(HIA、リパトリ減税)である。
2005年当時(2017年にトランプ政権が法改正するまでは)、米国の多国籍企業は海外子会社が稼いだ利益を本国へ還流させる(リパトリエーション)にあたって課税されていた。
この際、利益を稼いだ海外子会社の所在国でも課税されるため二重課税されていた。こうした事情から海外子会社の利益は米国外へ留保されやすい状況にあった。
こうした米国外に滞留する利益を米国内に還流させ設備投資や雇用、自社株買いなどの原資にすることを狙ったのがブッシュ政権のHIAである。しかし、こうした資本フローは必然的に外貨売り・ドル買いを伴うため、同法は為替市場においてドル高政策としても有名であった。簡単に以下で振り返っておきたい。
具体的にブッシュ政権は、2005年に海外子会社から米国への送金に関する税率を1年間限定で35%から5.25%に大幅に引き下げる策を決定した。引き下げ幅が大きく、しかも1年間という時限措置であったことから、その効果は絶大で2004年から2005年にかけて法人税額は急増している。
具体的には2002─2004年の3年間平均で1564億ドルだった法人税収入は、2005年にその1.7倍となる2783億ドルまで急増している。それだけ米国内へ還流された額が大きかったことが分かる。
この際に還流されてきた利益の使途は、その多くが自社株買いであったとされ、実際、2005年の米株は上昇している。また、1年間限定で集中的に資本回帰を促したことで2005年の為替市場ではドル全面高が引き起こされ、名目実効および実質実効ベースでドルは6%以上上昇し、対円では103円弱から118円弱まで上昇した。
その後、トランプ政権も2017年12月に税制改革法案を成立させ、これもHIAの再来としてにわかに注目を集めた。だが、この改正案は海外子会社の利益は現地で1回のみ課税され、米国への本国回帰に関しては課税しないという恒久的な措置を定める内容であった。
厳密には、米国企業が海外に滞留させている利益を米国に還流させる際の課税は、移行措置として1回限り(現金などの流動資産は15.5%、固定資産は8%に)減税の上で課税されるが、2005年ほど減税幅は大きくはなく、しかも、時限措置ではなく恒久措置であったため、駆け込みでリパトリを行う誘因は小さかった。
為替市場への影響はフローが集中して初めて顕現化されると考えられ、実際、このトランプ政権下でのリパトリ減税は為替市場にはさほど影響がなかった(同時期は米中貿易摩擦に伴って、トランプ政権としてドル安バイアスが強いとも言われていたことも影響していそうである)。
<正攻法の円安抑止策>
2005年の米国のHIAの経験は日本に応用できないだろうか。経済産業省の「海外事業活動基本調査(2020年度)」によれば、海外子会社の内部留保残高は約37.6兆円存在する。過去10余年にわたって対外直接投資が劇的に増えた結果、日本企業は多くの外貨を現地で抱えるようになった。これを日本へ国内回帰させるための制度設計は一考に値するかもしれない。
その点は岸田文雄政権の志向に沿った使途に限定すれば良く、これまでの「新しい資本主義」に関する情報発信を踏まえれば、賃上げや雇用などが相当するだろうか。もちろん、成長率を押し上げるためには設備投資が条件でも良いだろう。
いずれにせよ、内部留保残高の10%ならば3.8兆円、20%ならば7.6兆円、30%ならば10兆円の円買いになる。10兆円と言えば、2022年1─8月の貿易赤字(約12.2兆円)をほぼ帳消しにする規模であり、為替市場における円安要因の1つを打ち消す力になり得る。
慢性的な円高恐怖症に帯びていた日本経済の歴史において、リパトリ減税は積極的な議論が難しかったものの、もはやその心配もなくなった。
自国の企業部門が稼いだ利益を原資に自国通貨買いを増やし、それを起点として賃上げや設備投資といった内需刺激に還元しようとする政策は正攻法であり、他国から後ろ指を指されることもない。金融政策上の小細工を弄して市場との間に投機戦を強いられるよりも、日本経済が保有する外貨が国内に還流する方が「真っ当な一手」に思える。
編集:田巻一彦
(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。
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