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概要:ワークマンは従来「作業服×個人客」というニッチ市場を得意としてきましたが、ワークマンプラスや#ワークマン女子などで領域を広げ、成長20%という驚異的な数字を実現しています。マーケティング戦略のみならず財務戦略でも際立つワークマンの経営巧者ぶりを、ファイナンスの専門家・村上茂久さんが分析します。
撮影:横山耕太郎
国内アパレル業界の中にあって、ユニクロやしまむらをもしのぐ利益率と20%もの成長率を実現している株式会社ワークマン(以下、ワークマン)。前編では、その成功要因の一つが人件費率の低さにあること、それを実現できているのはワークマンが採用しているフランチャイズモデルのおかげであることを見てきました。
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快進撃のワークマン、ユニクロ超えの利益率の秘密は「人件費率」。身軽な財務体質をどう実現したのか
従来は作業着というニッチ市場に特化し、かつ法人ではなく個人の顧客をターゲットにした経営に徹して勝ちパターンを築いてきたワークマンですが、市場がニッチなだけに、営業総収入(売上高)が1000億円程度で頭打ちになってしまうという課題に直面しました。
この局面をワークマンはどう乗り越えたのか、同社の強さの秘密を引き続き会計とファイナンスの視点から考察していくことにします。
市場の頭打ちを突破する秘策
作業着というニッチ市場の天井が見えてきたところで、ワークマンは2018年9月に新たなコンセプトの店舗形態をローンチさせました。「ワークマンプラス(WORKMAN Plus)」です。
(出所)ワークマンホームページより。
ワークマンプラスが扱う商品は、ワークマンと基本的には同じ。異なるのはターゲット顧客です。通常のワークマンの店舗が作業服を業務で使うプロの顧客をターゲットにしているのに対し、ワークマンプラスはアウトドア一般客をターゲットとしたのです。
アウトドアウェア市場はここ数年伸びているとはいえ、この市場はパタゴニア、コロンビア、モンベル、ザ・ノースフェイスなど有名ブランドがひしめくレッドオーシャン市場です。実際、ワークマン専務の土屋哲雄氏の著書『ワークマン式「しない」経営』によれば、事前に同社が調査会社に依頼した市場調査ではこんな分析結果が出ていたそうです。
ワークマンはブランド品ばかりのアウトドアウェアには参入できない
ブランド力がないので購買対象にならない
にもかかわらず、ワークマンはなぜアウトドアウェア市場に打って出ることにしたのでしょうか? それは、アパレル業界の「機能性重視」かつ「低価格」というポジショニングに空白市場が存在したためだ、と土屋専務の著書の中で説明しています(図表1)。
(出所)土屋哲雄『ワークマン式「しない経営」』(ダイヤモンド社、2020年)をもとに編集部作成。
この読みは見事に当たり、新業態のワークマンプラスは躍進。相乗効果で既存のワークマンにも一般顧客が多く来店し、2019年8月には既存店売上高が前年比154.7%にまで増加しました。
実際、私もワークマンの商品を持っていますが、初めてワークマンの商品を使ってみたときには、その機能性の高さに比して価格があまりにも安いことに衝撃を受けました。
ワークマンの商品はその機能性の高さから、これまでも想定を超えた使われ方をたびたびされてきました。土屋専務が著書で明かしている代表的なエピソードを要約すると、およそ次のとおりです。
防水防寒スーツ:建設作業者等の屋外作業者向けに作った防水防寒ウェアがバイクユーザーに売れていた。
厨房向けの靴:水回りでもすべりにくい厨房で働く人向けに開発した靴が、滑りにくいということで妊婦の間で話題に。
羊毛の靴下:保湿性の高いメリノウールが登山愛好家に売れた。
エプロン:店員用や花屋向けに開発した「耐久撥水リップストップエプロン」が一般顧客にガーデニング用として人気に。またレストラン用の焦げにくい「難燃防汚胸付きエプロン」が主婦に受け入れられた。
ワークマンの商品の品質の高さを物語るこうした前例も、アウトドアウェア市場へ参入するという意思決定を後押ししたのではないでしょうか。
ワークマン女子の躍進はここ2年
ワークマンプラスに続き、最近メディアでもたびたび取り上げられ注目を集めているのが「#ワークマン女子」です。
#ワークマン女子という言葉が決算で初めて登場したのは、2020年3月期の第1四半期(2019年6月末)決算と、比較的最近のことです。このときはデジタルマーケティングの一環としてInstagramにおける「#ワークマン女子」の活用方法が紹介されているだけで、具体的な店舗開発の話題は出てきていません。
決算関連の資料で再び#ワークマン女子という言葉が出てくるのは1年後、2021年3月期第1四半期(2020年6月末)の決算説明資料です。
(出所)ワークマン 2021年3月期の第2四半期決算説明資料より。
同年10月、ワークマンは神奈川県横浜市に#ワークマン女子1号店をオープンさせると、そこからわずか2年後となる2023年第2四半期(2022年9月末)には#ワークマン女子を22店舗まで増やしています。今後の#ワークマン女子はすべてワークマンシューズとの複合店で出店することで、客層のいっそうの拡大を目指しています。
(出所)ワークマン 2023年3月期の第2四半期決算説明資料より。
ワークマンは今後1500店舗を出店する計画を立てていますが、従来のワークマンはわずか200店舗のみで、主力はワークマンプラス900店舗、#ワークマン女子400店舗という目標を掲げています。
(出所)ワークマン 2023年3月期の第2四半期決算説明資料より。
「作業服×個人」というニッチ市場の原点から、「高機能×低価格」という新機軸でアウトドアウェア市場、さらには女性向け市場へ。強みを生かしながら領域を広げていき、ユニクロやしまむらより高い利益率、成長率を実現するワークマンの手腕は実に見事です。
広告宣伝費が圧倒的に低い
ここまで市場開拓という視点からワークマンの成長戦略を見てきましたが、もちろん市場を開拓するだけで年20%もの成長を達成できるわけではありません。特に消費者向けビジネスでは、いかに幅広い人々に認知してもらえるかが重要になってきます。
では、ワークマンはどれほどの広告宣伝費をかけているのでしょうか。ユニクロ、しまむら、ワークマンの売上高(営業総収入)に占める広告宣伝費の比率を比較した図表5をご覧ください。
(出所)各社直近の有価証券報告書より筆者作成。
なんと、ワークマンの営業総収入に占める広告宣伝費の比率は1%を切っています。国内のトップアパレルで知名度のあるユニクロの4分の1、しまむらの半分以下です。この連載で以前取り上げた通り、根強いファンを持ち広告をほとんど打たないことで有名なスノーピークでさえ、売上高に占める広告宣伝費は1.7%です。そう考えると、いかにワークマンの広告宣伝費が少ないかがお分かりいただけるでしょう。
時系列で見ても、ワークマンの広告宣伝費率は常に低い水準です。普通なら売上を伸ばすために広告宣伝費を増やすところですが、ワークマンの場合はむしろここ数年で広告宣伝費率は減少傾向です(図表6)。
(出所)ワークマン 有価証券報告書より筆者作成。
広告宣伝費を使っていないからといって、もちろん何もせずに口コミだけで売上が伸びているわけではありません。ワークマンには、広告を使わなくても売上を伸ばすマーケティング戦略があるのです。それがSNSを活用した「アンバサダーマーケティング」です。
ワークマンには現在、商品開発から商品の情報発信まで無償で協力してくれるアンバサダーが50人ほどいます(※1)。それぞれのアンバサダーはYouTubeやTwitterといったSNS上にファンを多く持っており、そのファンに向かって自身が開発に関わった商品に関する情報を発信しています。
2022年初夏に開催した新製品展示会では、ワークマンはアンバサダーマーケティングを通じて合計10.4億円の宣伝効果が得られたとしています(※2)。
テレビ露出10件(宣伝効果7.3億円)
新聞・雑誌・専門誌10件(同600万円)
ネット関連の露出524回(同3.1億円)
このように、自社の商品を無償で宣伝してくれるアンバサダーはワークマンにとっては言うまでもなくありがたい存在ですが、アンバサダーにとってもメリットはあります。ワークマンの新商品の情報は人気が高いため、通常の発信の3〜10倍ものアクセス数が得られるのです。
ワークマンでは図表7のように、アンバサダーマーケティングと通常のマーケティングをうまく組み合わせて効果的に顧客を獲得しています。
(出所)「アマゾンに負けないための競争戦略 ワークマンは店舗とファンの力で唯一無二のブランドを目指す」『ハーバード・ビジネス・レビュー』(2022年12月号)をもとに編集部作成。
EC注文・店舗受取りという販売戦略
2020年1月27日、ワークマンは楽天でのネット通販を終了しました(※3)。SNSを活用したアンバサダーマーケティングはインターネットとの親和性も高いはずなのに、です。代わってワークマンが導入したのが、「ネットで注文して店舗で受け取る」という仕組み(これを「Click & Collect」と言います)です。
この決断の背景を、ワークマンはリリースで次のように記しています。
全リアル店舗が好調で出店条件が緩和され、今後10年でさらに400店の新規出店が可能
現状でもネット通販のお客様の67%が店舗受け取りを選択している(店舗受け取りに誘導)
ネット専業に配送コストでも負けないためには、全国の店舗網のメリットを活用すべき。店舗在庫の店舗受け取りならば、配送コストと時間でネット通販大手に負けない(特に自社宅配化を進めるアマゾンに対して、宅急便利用の直送では勝ち目がない)
世界的に一定の条件下でClick & Collectが優位になっている例が増えている。国土が狭く店舗の多い英国でブーツ(Boots)やマークス・アンド・スペンサー(Marks & Spencer)は店舗受け取り比率が7割以上(英国では宅配の信頼性が低いこともあるが、日本は宅配コストの高騰が問題)
つまり、ワークマンが「Click & Collect」を始める最大の理由は、アマゾン等のネット専業に配送コストで負けないため、ということです。
ワークマンが楽天に出店していたときは、送料は出店者であるワークマンが負担していました。これでは店舗まで買いにきてくれる顧客にとって不公平です。
また、ワークマンは前編で見てきたようにフランチャイズモデルを採用していますが、ワークマンがECを強化すればその分フランチャイジーの売上は下がってしまいます。これではフランチャイジーとワークマン本社とでカニバリゼーションを起こしかねません。
そこでネットで注文して店舗で受け取るようにすれば、ネットでの注文の売上はフランチャイジーに計上されるだけでなく、店舗で商品を受け取る際にさらなるアップセルも期待できるというわけです。
少ない投資でも成長できるビジネスモデル
利益率、成長率とも高い状態で事業を展開しているワークマンですが、最後にキャッシュの状況を確認しておきましょう(図表8)。
(出所)ワークマン 有価証券報告書より筆者作成。
ワークマンのキャッシュフロー(CF)計算書を見ると、営業CFと投資CFを合計したフリーキャッシュフロー(FCF)は過去5年間ずっとプラスで、過去5年間で平均92億円、総額461億円。一方、配当金を支払うことで財務CFがマイナスになっており、過去5年間で平均マイナス35億円、マイナス174億円です。FCFの範囲内で財務CFのマイナスをまかなっているという理想的な状況です。
キャッシュフローを潤沢に生み出していることで、2018年3月期に382億円だったキャッシュは、2022年3月期には643億円にまで増えています。
「これほどキャッシュが増えているなら、もっと積極的に投資に回してもいいのでは?」と感じるかもしれませんが、ワークマンは店舗の95%以上がフランチャイズのため、投資CFにそれほどお金を使う必要がないのです。実際、総資産に占める有形固定資産の割合は19%ほどしかありません。
では、資産の内訳として最も多いのは何かというと「現金」で、全体の51%もあります。現金と預金の合計額は643億円もある一方、借入金はわずか13.5億円で、当然実質無借金経営です。自己資本比率も82.8%と、財務の健全性は疑うべくもありません。
利益率も成長率も高く、キャッシュは潤沢で、財務も極めて健全。ワークマンの有価証券報告書の研究開発活動の欄には「該当事項はありません」と書かれていることから、今後、研究開発でキャッシュアウトが発生することもほぼなさそう——それがワークマンの現在の財務状況です。
企業というのは通常、広告宣伝費、固定資産、研究開発、そして人への投資を通じて成長するものですが、これまで見てきたようにワークマンに関してはその“常識”が当てはまりません。アンバサダーを活用することで広告宣伝費率は1%以下に抑えられていますし、固定資産への投資は営業CFで十分にまかなえています。研究開発費はかけていないものの、アンバサダーと組むことで上手に新商品を開発しています。フランチャイズモデルを採用しているため、教育は別として、採用という意味での人への投資もそれほどかかりません。
このように財務の視点から見ると非の打ち所がないワークマンですが、ファイナンスという視点で見れば、多少の懸念もないわけではありません。
それは、この連載で過去に取り上げたアップルやメタ(旧フェイスブック)のように、これだけキャッシュが順調で投資先もないとなると、株式市場からは株主還元をするようプレッシャーがかかる可能性があります。
(出所)ワークマン 有価証券報告書より筆者作成。
図表9にあるように、ワークマンの配当性向はこの数年30%を超えており、安定的に株主に配当を出しています。
ワークマンが今後もアウトドア市場や#ワークマン女子を通じて成長していった場合、よほど大きなM&Aをするというのでもなければ、キャッシュの使いみちは今のところそれほどなさそうです。
そうなってくると、配当性向を上げたり、自社株買いを通じた株主還元をこれまで以上に行ったりすることを株式市場から求められる可能性はあるでしょう。
逆に言えば、この株主還元という点を除けば、ワークマンの財務状況はこれ以上ケチのつけようもないくらい極めて理想的な姿だと判断できます。
プロダクトアウトからマーケットインへ
今回は、近年マーケティングの文脈でもよく話題になるワークマンを、会計とファイナンスの観点から分析してきました。ワークマンは成長率、利益率、財務の健全性のどれをとっても国内アパレル業界の中でトップクラスです。
それだけではありません。ワークマンのビジネスのすごいところは、高品質低価格という「プロダクトアウト」から入っているにもかかわらず、ワークマンプラスしかり#ワークマン女子しかり、顧客の行動を注視することで既存の製品をうまく「マーケットイン」させて顧客の獲得につなげている点です。
日本企業の製品はこれまで、高品質であるがゆえにプロダクトアウトの発想が強く、市場のニーズを把握したマーケットインではない、とよく指摘されてきました。そして、このマーケットインの視点の弱さが日本企業の弱点の一つとも考えられてきました。
その課題を見事に乗り越えたワークマンの事例は、高品質なプロダクトやサービスを強みとする多くの日本企業にとって、成長を追求するうえでのヒントになるのではないでしょうか。
スタートアップの世界では、プロダクトやサービスが市場に受け入れられることを「PMF(Product Market Fit)」と呼びます。これまでニッチな市場だった作業服がそれ以外のアパレル市場にも受け入れられたという意味において、ワークマンはまさにPMFを達成できたと言えます。
今後もワークマンは、新たな市場でPMFを達成する製品を続々と生み出し続けるのでしょうか。今後もその動向から目が離せません。
※1アンバサダーとは、一般的には、自社の製品の熱烈なファンで、これら製品に対して、自らのおすすめするポイント等を他のユーザーにアピールをしてくれる人のことを言います。次の記事を参照。インスタラボ編集部「アンバサダーとインフルエンサーの違いは?マーケティングを比較」Insta Lab、2021年11月18日。
※2次を参照。「アマゾンに負けないための競争戦略 ワークマンは店舗とファンの力で唯一無二のブランドを目指す」『ハーバード・ビジネス・レビュー』2022年12月号。
※3ワークマンリリース「ワークマンが『店舗在庫』による『店舗受け取り』通販を開始」2020年1月27日。
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