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概要:新商品・サービスをリリースしたものの成長軌道に乗らない…。原因のひとつは、初期ユーザーの先へ普及するのを阻む「キャズム」にあります。たった4つのシンプルな質問でキャズム越えを果たした事例をもとに、元リクルートの中尾隆一郎さんがポイントを徹底解説します。
「新しいサービスの立ち上げを担当しています。できあがったサービスをリリースしたのですが、ユーザー数が期待ほど伸びてくれず困っています」
「ユーザーにアンケートをとったところ、いろいろな要望が出てきました。限られた開発リソースの優先順位がつけられず、困っています」
さまざまな企業の事業成長支援をしていると、こんなお悩み相談を受けることがあります。
満を持して商品・サービスをリリースしたものの、思うように成長の軌道に乗ない……というのは、新商品立ち上げの“あるある”ですね。それなりの開発リソースを投じてリリースしたのに成績がパッとしないのでは組織の死活問題にもなりかねませんから、深刻な問題です。
そこで今回は、新商品・サービスを立ち上げ軌道に乗せていく際に、ぜひ知っておいていただきたいポイントについてお話しします。
普及率16%で出現する“深い溝”
商品・サービスの売上高は、新サービス導入後の時間とともに以下の4つのフェーズから成る「プロダクト・ライフサイクル(PLC)」の経過をたどります(下図)。商品の寿命(時間の長さ)はまちまちでも、このPLCをたどるという点ではどんなヒット商品も例外はありません。
(1)導入期:0から1を生み出すフェーズ
(2)成長期:1から10に伸ばすフェーズ
(3)成熟期:成長率が鈍化するフェーズ
(4)衰退期:テコ入れに成功できなければこのフェーズを迎える
(出所)Joel Dean (1950), “Pricing Policies for New Products” ( Harvard Business Review, Vol.28, No.6, November, pp.45-53) をもとに筆者作成。
次に、ユーザーについて確認しておきましょう。例えば上図のプロダクト・ライフサイクルにおける「導入期」のユーザーとはどのような人たちでしょうか。
まず、新商品・サービスを立ち上げたフェーズで購入・利用してくれるのは、「初期ユーザー」と呼ばれる流行に敏感な層です(下図)。コンビニエンスストアに新商品が並ぶと真っ先に購入してくれる層をイメージすると分かりやすいでしょう。
(出所)エヴェリット・ロジャース『イノベーション普及学』(産能大学出版部、1990年)をもとに著者作成。
初期ユーザーは、「イノベーター」と呼ばれるグループとその次の「アーリーアダプター」に分類されます。しかしこの2つの層だけでは、新商品・サービスが(2)成長期へと移行するのに十分な人数とは言えません。
そこで、次に「メインストリーム」に属するユーザーグループである「アーリーマジョリティ」「レイトマジョリティ」、そして「ラガード」を取り込む必要が出てきます。
初期ユーザー(イノベーターとアーリーアダプター)が占める割合はおおむね全体の16%と言われており、この「普及率16%」の壁を越えられるかどうかがひとつの鍵になる訳ですね。
ところが、この初期ユーザーとメインストリームの間には大きくて深い溝が存在します。それが「キャズム」です。
(出所)ジェフリー・A・ムーア『キャズム』(翔泳社、2002年)をもとに著者作成。
キャズムとは「大きな溝」を意味する言葉で、特にビジネスの文脈では「初期ユーザーとメインストリームの間にある深い溝」のことを言います。初期ユーザーは「新しさ」を求めているのに対して、メインストリームは「安心」も求めています。つまり、ニーズが大きく異なるのです。これが「キャズム」が生まれる原因です。
新商品・サービスを立ち上げる際には、このキャズムの存在を意識しなければなりません。
一般的にキャズムは、プロダクト・ライフサイクルで言うところの「導入期」を過ぎて「成長期」に差しかかったあたりで出現します。この溝を超えられないかぎり、せっかくつくった商品・サービスは成長期の半ばで失速してしまいます。そうなると悲劇です。導入期までに投入したヒト・モノ・カネを回収しきれないまま、振り出しに戻らなければならないからです。
このような不幸を避けるにはどうしたらよいのでしょうか?
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「KPIマネジメント」は誤解だらけ。リクルートで11年間KPI講師を務めたプロ直伝、結果を出せる10ステップ
たった2つにフォーカスすればいい
新商品・サービスを担当したことのある方なら、「PMF(Product/Market Fit:製品と市場の適合性)」という言葉を聞いたことがあるのではないでしょうか。
特にスタートアップ企業(あるいは新規事業)では、製品が市場に適合(Fit)できなければ、“死”に直結することもありえます。逆に言うと、製品と市場を上手にフィットさせることができれば、普及率が一気に高まる可能性も見えてくる訳です。
では、具体的にどうすればいいのか。PMFを高めるプロセスはごくシンプルで、「顧客は誰なのか→どの課題を解決するのか」の2点にフォーカスする、これに尽きます。
そう聞いて、以前この連載でKPIマネジメントについてお話しした回をお読みの方ならピンと来たかもしれません。そう、実はこの「顧客は誰なのか→どの課題を解決するのか」というプロセスは、正しいKPIマネジメントの手順と基本的には同じなのです。
さて、「顧客は誰なのか→どの課題を解決するのか」を考えるうえで非常に参考になるのが、メール高速処理アプリを運営するスーパーヒューマン(Superhuman)の同社創業者兼CEOラフル・ボラ(Rahul Vohra)が綴った記事です。
当時、スーパーヒューマンは2年間の開発期間を経て、ようやく自社プロダクトをプレローンチしたタイミングでした。正式ローンチ後にPMFを高める方法についてはすでにいくつかセオリーがあったものの、プレローンチの段階で当てはまる明確なプロセスは当時まだ存在しませんでした。それをボラ自身がつくったのです。
以降では、ボラによって書かれた記事の内容を参考に、新商品・サービスを立ち上げ軌道に乗せるポイントを解説していきます。
「真の顧客」を探る4つの質問
ユーザーに「もし製品を使えなくなったらどう思いますか」と尋ね、「とても残念」と答えた人の割合が40%以上かどうかを測定する。
これは、「グロースハッカー」という言葉を生み出したショーン・エリスの考えです。
エリスは約100社のスタートアップ企業を対象にした顧客開発調査で上記の質問をしたところ、40%がマジックナンバーであることを発見しました。伸び悩んでいる企業では、「とても残念」と答えたユーザーの割合が40%に満たないことがほとんどで、逆に好調な企業ではほとんどの場合、その基準値を超えていたのです。
この質問は今では「ショーン・エリス・テスト」と呼ばれています。例えばスラック(Slack)は2015年に731人のユーザーを対象にこのテストを実施し、51%ものユーザーから「Slackがなければ非常に残念だ」という回答を得たそうです。
さて、ボラはこの方法にヒントを得て、ユーザーに以下の4つの質問をしました。
1. もしこのサービスを使えなくなったらどう思いますか?
(A)とても残念 (B)やや残念 (C)残念ではない
2. どのような人がこのサービスの恩恵を受けられると思いますか?
3. あなたがこのサービスから受けている主な恩恵は何ですか?
4. どうすればこのサービスをより良くすることができますか?
集まった回答を集計したところ、1番目の質問に対して「非常に残念」と答えた人は22%しかいませんでした。基準となる40%には遠く及ばないことからも、スーパーヒューマンのプロダクトが市場にフィットしていないことは明らかでした。
深掘り1:恩恵を受ける人は誰か?
そこでボラたちはまず、最初の質問に「とても残念」と回答したグループ(製品を最も支持してくれている22%のユーザー)のペルソナを見て、市場を絞り込むことにしました。同社の例では、主に創業者、マネジャー、役員、事業開発担当者などがペルソナであることが分かりました。
いまさらりと書きましたが、この「市場を絞り込む」ができない組織は案外多いものです。絞り込めば当然、市場規模は小さくなります。となると売上規模も比例して小さくなってしまうのではと想像して怖くなるからです。しかしここは一度、覚悟を決めて市場を絞り込み、ユーザー像を明確にする。この決断が、その後の商品・サービスの磨き込みに効いてきます。
加えて、プロダクトやサービスをつくる際、「対象ユーザーを狭めすぎると成長が頭打ちになるのでは?」と不安に思う方が多いようですが、これも実際にはそうではありません。
成功したスタートアップは、多数の人が「まあまあ」欲しがるプロダクトよりも、少数の人が「とても」欲しがるものからつくり始める場合が大半なのです。
さて、スーパーヒューマンもこうして同社のサービスを最も愛してくれているグループに絞り込んだことで、PMFのスコアは10ポイント以上上昇して33%になりました。目標とする40%にはまだ届きませんが、顧客対象を絞っただけで、40%を超える可能性が高まってきました。
次に、ボラたちはアンケートの2番目の質問(どのような人がこのサービスの恩恵を最も受けると思いますか?)の回答を分析しました。
これは非常に強力な質問です。フリーコメントを分析することで、サービスが誰のためにあるのか、どんな言葉が彼らの心に響くのかを知ることができます(マーケティングコピーを考えるうえでも貴重なヒントになります)。
深掘り2:顧客の恩恵は何か?
さて、ボラたちは「この少数のユーザーはなぜ自分たちのサービスを愛してくれているのか」「どうすればもっとユーザーを増やせるか」を知るために、さらに深く分析していくことにしました。
ここで把握すべきは、「なぜこのサービスが愛されているのか/愛されていないのか」です。
そこで、再び「とても残念」と答えてくれたセグメントに注目し、このグループのユーザーが3つ目の質問(あなたがこのサービスから受けている主な恩恵は何ですか?)にどう回答しているかを調べてみることにしました。すると——。
「メールの処理が速い、他社製品の半分の時間で終わる」
「アプリはめちゃくちゃ速いし、UX+キーボードショートカットで超人になった気分」
「Gmailよりはるかに速い。しかも、私のお気に入りのGmailのショートカットを反映しているから、Gmailのヘビーユーザーにとっては学習コストがゼロです」
「スピード。美しさ。キーボード操作ですべてのことができる」
これらの回答をワードクラウドにかけてみると、いくつかの共通したテーマが浮かび上がってきました。スーパーヒューマンの愛用者は「スピード」や「キーボードショートカット」を高く評価していたのです。
みなさんはワードクラウドを使ったことはありますか? 最近は無料のアプリもあるので一度使ってみることをおすすめします。例えば私は主宰している経営者向けの私塾で、受講者である経営者50名強のグループコーチングの際に記入しているシートをワードクラウドにかけてみました。
すると、コロナ禍が始まって間もない頃は中心に大きな「コロナ」という文字が現れていましたが、1〜2カ月もすると大きな「コロナ」の横に「新規」「新規事業」という言葉が現れるようになりました。コロナ禍は一過性のトレンドではないと考えた数人の経営者が準備をし始めたのです。この変化を受講者全員に伝えたところ大半の経営者がアクションを起こし、コロナが継続しても対応できる新規事業をいち早く準備することができました。
話を元に戻しましょう。
ここまでで、サービスを最も愛してくれているユーザーが、どんなところに魅力を感じてくれているかが理解できました。次は、どうすればより多くの人にこのサービスを愛してもらえるようになるか、です。
深掘り3:ペルソナ以外の声をどこまで聞くか?
1番目の質問に対して、「このサービスが使えなくなるとやや残念」「使えなくなっても残念ではない」と回答したユーザーの意見はどこまで耳を傾けるべきでしょうか?
まず、「使えなくなっても残念ではない」と答えたユーザーですが、このセグメントはサービスがなくても残念に思わない訳ですから、製品戦略には何の影響も与えないはずです。したがって、ボラたちはこのセグメントの意見は丁重に無視することにしました。
この、「特定のセグメントの意見は無視する」というのも案外できない企業が多いですね。声が大きなユーザーの意見、思いつきで言ったユーザーの意見などに引っ張られていることも散見されますし、そもそもユーザーをセグメントできていない企業も少なくありません。ですがここで必ずしも聞くべきでない意見に囚われると、プロダクトを磨くべき方向性にブレが生じてしまいますから要注意です。
では、残る「このサービスが使えなくなるとやや残念」と答えたユーザーについてはどうでしょうか。
ここに属するユーザーの中には、サービスに少し手を加えればサービスを好きになってくれそうなユーザーもいる一方で、何をしても無駄なユーザーも含まれています。
その仕分けをするために、ボラたちは3つ目の質問を分析する際にこんな工夫をしました。スーパーヒューマンのプロダクトを愛しているユーザーが評価してくれている「スピード」という要素をフィルターとして使ったのです。
スピードを重視していない、「やや残念」と答えたユーザー
→主なベネフィットが響かないため、無視
スピードを重視している、「やや残念」と答えたなユーザー
→主なベネフィットが響く層なので、細心の注意を払う。彼らは何に(おそらくささいなこと)引っかかりを感じているのだろう?
この最後のグループ(スピードを重視している、「やや残念」と答えたなユーザー)に絞って、ユーザーたちが4つ目の質問(どうすればこのサービスをより良くすることができますか?)にどう答えたかを詳しく調べてみました。
その結果、このグループのユーザーの多くは「モバイルアプリがない」ことに不満を抱いていると分かりました(2015年当時の話です)。さらに掘り下げていくと、添付ファイルの処理やカレンダーや検索機能など、地味ではあるもののなるほどと思わせる要望も見つかりました。
ちなみに、アンケート結果はこのように2つの質問をクロス集計すると有効です。ボラたちはたった4項目のアンケートであってもこのように上手に使うことで必要な情報を引き出せていますね。これはひとえに、アンケート設計時に回答をどのように使うかを決めているから。こういう点もぜひ見習いたいものですね。
これでやるべきことが分かりました。
ボラたちはまず、「スーパーヒューマンがなくなるととても残念」と答えてくれたユーザーの愛情をさらに強化するために、開発リソースの半分を充てることにしました。彼らが気に入ってくれているスピードはより高速に。加えて、ショートカットを増やしたり自動化したりして、使用時の体感スピードをさらに高める改善を行いました。
そして、開発リソースの残り半分は「やや残念」と思っているユーザーの要望に応え、利用をためらわせている要因を解決するために充てました。モバイルアプリを開発し、添付ファイルの操作を改善し、カレンダー機能を導入する、などです。
また優先順位を決めるために、各プロジェクトを「コスト」と「インパクト」の観点から低・中・高に分類。低コストでインパクトの大きい作業から着手していきました。
立ち上げ期は成長よりもPMFを重視せよ
ボラたちはPMFスコアを最重要指標として定め、以降も常に新しいユーザーを調査し、PMFスコアがどのように変化しているかを週・月・四半期ごとに追跡しました(これをKPIマネジメントに当てはめると、PMFスコアがCSFであり、KPIは40%、ということになります)。
PMFスコアを毎週測定し、振り返り、開発計画に反映する、というこの開発の仕方は「アジャイル開発」と呼ばれます。アジャイルだから1週間ごとに開発の優先順位を変えることができ、目標達成に向けて機動的に動くことができるという訳です。
2017年夏に22%だったスーパーヒューマンのPMFスコアは、まずペルソナを絞ったことで33%に、そしてプロダクトの改善に着手してかららわずか3四半期後にはなんと58%にまでアップしました。PMFスコアという、たった1つの指標を中心に据えたことが功を奏した格好です。
このように、新商品・サービスの開発において、PMFという指標を常に見ることは有益です。これによってキャズムを超えられる可能性も高まりますし、フォーカスすべきユーザーが明確になるので、販売、マーケティングから資金調達、ひいては採用に至るまでが格段に容易になるからです。
ボラは自社の経験を綴った記事の最後で、「スタートアップにアドバイスする投資家や経営者は、PMFより成長を優先させることを避けるべき」と忠告しています。自社に合ったプロダクトを見つけ、適切な方法で事業を立ち上げるにはそれなりの時間が必要だからです。もちろん、このことはプロダクト開発の当事者も肝に銘じておくべきポイントです。
いかがでしたか? スーパーヒューマンの経験から私たちが学べるポイントはたくさんあります。スタートアップの経営者や新規事業の担当者は、ぜひここから大いに学んでください。
ひとたび目標としていたスコアを達成したら、あとはアクセルを全開にして最速で成長することです。そうすることでキャズムを乗り越え、成長期に突入できるかもしれませんよ。
※この記事は2022年1月14日初出です。
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