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概要:シリコンバレー銀行(SⅤB)破綻から1カ月が経過した。「第2次リーマンショック」とはやし立てるムードが強かった破綻直後の状況と比較すれば、金融市場はかなり平静を取り戻しつつあるように見える。だが、依然として「次の危機の芽はどこにあるのか」といった警戒心は強い。
[東京 12日] - シリコンバレー銀行(SⅤB)破綻から1カ月が経過した。「第2次リーマンショック」とはやし立てるムードが強かった破綻直後の状況と比較すれば、金融市場はかなり平静を取り戻しつつあるように見える。だが、依然として「次の危機の芽はどこにあるのか」といった警戒心は強い。
シリコンバレー銀行(SⅤB)破綻から1カ月が経過した。「第2次リーマンショック」とはやし立てるムードが強かった破綻直後の状況と比較すれば、金融市場はかなり平静を取り戻しつつあるように見える。だが、依然として「次の危機の芽はどこにあるのか」といった警戒心は強い。唐鎌大輔氏のコラム。
<米国でも指摘されていた商業用不動産投資のリスク>
この点、米国ではオフィスやホテルなど商業用不動産(CRE)に内包されたリスクが常々指摘されているが、欧州も同様の不安を抱えており、最近では中央銀行自らがその危うさに警鐘を鳴らしている。
欧州中銀(ECB)は4月3日、「ユーロ圏不動産市場における投資ファンドの強まる役割」と題し、過去10年間で急拡大したファンドによるCRE投資が金融安定のリスクになるとの分析結果を発表した。
複数のユーロ加盟国で不動産投資ファンド(REIF:real estate investment funds)が強い影響力を有しており、当該国の不動産市況悪化に伴ってREIFも不安定化する展開が懸念される。
後述するように、ECBは急成長したREIFが「流動性のミスマッチ」に直面し、これが金融不安定の種になる可能性を指摘している。
REIFの多くが投資家の払い戻し請求を認める「オープンエンド型ファンド」として資金調達しているため、不動産市況への懸念が高まれば、非常に速く、大きな規模の資金引き出しに直面することが懸念される状況にある。バランスシートの観点から言えば、顧客からの預り金である負債の流動性は非常に高い。
同時に、REIFは大量の解約に応じるため保有資産の売却に踏み切る必要があるが、資産の性質上、CREは容易に売却できない。つまりバランスシートにおける資産の流動性は低い。流動性が低い資産を急いで売ろうとすれば当然、投げ売り(fire sales)となり、損失は広がりやすくなる。
しかし、流動性の枯渇はファンドとしての「死」を意味するため、これを回避するために損失を被っても売りを止めるわけにはいかない。
こうして流動性のミスマッチがファンドの経営難や破綻を引き起こし、金融安定に影響が及ぶというのが、ECBが足元で懸念する展開である。SⅤBの破綻以降、「次の危機の芽」としてCREを指す論調は増えていたが、中銀自ら明確に指摘するのは珍しい。
<CRE危機はシステミックリスクに>
ECBによれば、ユーロ圏のCRE市場に占めるREIFの割合は2012年の20%から2022年には40%にまで倍増し、無視できない存在感を示している。
絶対額で見た場合、同じ期間にREIFの純資産は3230億ユーロから1兆0040億ユーロへと3倍以上に膨らみ、このうちの80%がオープンエンド型という。
この所在地を国別に見た場合、REIFは5つの加盟国(ドイツ、ルクセンブルグ、フランス、オランダ、イタリア)に集中している模様だが、REIFが直接的に不動産投資をする形態以外に債券など金融商品の形態で保有している場合もある。このため、CREやREIFの不安定化はこれらの国々だけで限定されるとは限らない。
いずれにせよ、こうしたREIFの存在感を踏まえれば、CRE市場の不安定化はREIFの不安定化に直結し、REIFの不安定化もまた、CRE市場の不安定化に直結するという相互依存の関係が見出せる。当然、CRE市場にエクスポージャーを持つ銀行や証券などの金融機関も存在し、それらの経営不安にもつながってくるだろう。
こうしてCRE危機が、システミックリスクをもたらす「次の危機の芽」という理解になる。
金融機関経営の不安定化は貸し出し厳格化などの信用収縮を通じて実体経済を下押しするため、始点と終点を見れば「CRE市場の崩壊─ユーロ圏景気の減速」といった展開を懸念するに至る。
ECBはSⅤB破綻やクレディスイス再編などの事案を背景に、こうした展開が現実化する可能性を警戒している。
「流動性のミスマッチ」を警戒するようになったファンドは、流動性確保のため保有不動産売却はもちろん、資金調達も急ぐため、市場全体の資金調達コストは押し上げられる。後述するように、それは将来的な利下げの可能性を高める話につながってくる。
<カギとなるのはやはり「流動性のミスマッチ」>
冒頭で述べた通り、危機が起きると想定した場合、やはり「カギとなる脆弱性(A key vulnerability)」はREIFに対する解約請求が押し寄せた際に直面する「流動性のミスマッチ」問題である。
「解約請求に対応するまでの期間」と「保有資産を現金化するまでの期間」を比較し、前者が後者より顕著に短い場合、ファンドは資金繰りに行き詰まる(流動性のミスマッチに直面する)。
現状で、その危機にさらされやすい加盟国を特定するのは難しいものの、域内の金融安定を監視する欧州システミックリスク理事会(ESRB)の調査によれば、2021年7─9月期の時点で、オープンエンド型REIFの31%が流動性のミスマッチを抱えており、特にCRE市場におけるREIFの存在感が大きい。
特にフランス、オランダ、アイルランドは「オープンエンド型ファンドを抱えつつ、現金バッファが小さい国」として名指しでその脆弱性が指摘されている。今後、名前が挙がってくる可能性のある国として要注意だろう。実際、CRE市場の雰囲気が悪くなりREIFへの資金流入が細る中、既にオランダなどは大幅な資金の純流出に直面している。
<不動産投資ファンド、今後は規制方向に>
既に論じたように、多くのREIFが流動性のミスマッチに備え始めれば、資産売却と資金調達が盛り上がることになる。それは資産価格の下落と資金調達コストの上昇に結び付く。
ECBは分析の結びとして、考えられる政策対応を示している。現状では、オープンエンド型ファンドには解約請求の停止という手段が与えられているものの、これはファンド経営の不安定化を宣言するようなものであり、いわゆるスティグマ(汚名)リスクを伴う。
したがってファンド出資者に対しては、解約コストや最低保有期間の導入、解約通知期間の長期化など、多様な流動性管理手段(LMT:Liquidity Management Tool)の導入をECBは提唱している。
また、REIFに関してはそもそも解約が容易なオープンエンド型ではなくクローズド型しか認めないといった規制面からのアプローチも、ECBは言及している。
構造的に流動性の低い資産(不動産)を抱えるREIFの性質を踏まえれば、「解約のハードルを上げる」というのは本質的な一手ではあり、既にいくつかの国では導入されているという。こうした規制傾向は今後、強まるだろう。
<ECBの分析は利上げ幅縮小の布石か>
もちろん、長期的には上述のような規制対応が求められていくのだろうが、目下、金融市場が短期的な展開として注目するのは、CRE危機への懸念が政策金利動向にどういった影響を持つかだ。
流動性危機におびえるファンドの対応によって資金調達コストが押し上げられ、それがシステミックリスクに直結する可能性をECBが本当に気にしているのだとしたら、政策運営にも影響は出てくる。
例えば、資金調達コストの上昇を現実的なリスクと考えれば、リスク・フリー金利である政策金利は低い方が望ましい。
もちろん、まだ、CRE危機というフレーズが市民権を得るほどの事態ではない。しかし、仮にそうなってしまえば、眼前のインフレを犠牲にしてでも利上げ路線の急旋回(50bpの利上げから25bpの利下げなど)を強いられるリスクもある。
政策金利の急変動は市場にボラティリティをもたららし、要らぬ混乱を招く。今回、ECBがこのタイミングでCRE危機にまつわる問題提起を行ったということは、引き締め路線にブレーキを踏む必要性を感じつつあるのかもしれない。
このような状況で開催される5月4日の政策理事会では、50bpのから25bpへの利上げ幅縮小に注目したいところである。
編集:田巻一彦
(本コラムは、ロイター外国為替フォーラムに掲載されたものです。筆者の個人的見解に基づいて書かれています)
*唐鎌大輔氏は、みずほ銀行のチーフマーケット・エコノミスト。2004年慶應義塾大学経済学部卒業後、日本貿易振興機構(ジェトロ)入構。06年から日本経済研究センター、07年からは欧州委員会経済金融総局(ベルギー)に出向。2008年10月より、みずほコーポレート銀行(現みずほ銀行)。欧州委員会出向時には、日本人唯一のエコノミストとしてEU経済見通しの作成などに携わった。著書に「欧州リスク:日本化・円化・日銀化」(東洋経済新報社、2014年7月) 、「ECB 欧州中央銀行:組織、戦略から銀行監督まで」(東洋経済新報社、2017年11月)。新聞・TVなどメディア出演多数。
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