【解説】なぜトランプ大統領は「関税強化」を即座に実行できたのか？

—大統領権限とIEEPA法の実態、議会の制約とその限界を読み解く—

米国の大統領ドナルド・トランプ氏は、在任中に複数の国に対して突如関税を引き上げ、市場に大きな混乱を引き起こしました。しかも、これらの措置は事前の議会審議や合意を経ることなく、短期間で発動されました。なぜこのような迅速な政策変更が可能だったのでしょうか?その背景には、1977年に制定された「国際緊急経済権限法（IEEPA）」が深く関わっています。

この記事では、IEEPAの法的根拠とその適用の現状、そして米議会の制約手段について詳しく解説します。

IEEPAとは?トランプ政権が関税を即時発動できた法的根拠

IEEPA（International Emergency Economic Powers Act）は、1977年に成立した米国の法律で、大統領が国家安全保障上の「異常かつ特別な脅威」に直面した場合、「国家緊急事態」を宣言することにより、輸出入、金融取引、資産凍結など幅広い経済活動を制限・統制できる権限を与えるものです。

トランプ政権は、このIEEPAを根拠に、特定国との貿易関係が「国家安全保障に対する脅威である」と主張し、国家緊急事態を宣言。これにより、議会の承認を経ることなく、関税の引き上げを実行しました。

このような「国家安全保障」を理由とする関税措置は、歴史的にはテロや敵対国への制裁など、極めて限られたケースでのみ発動されてきました。

トランプ氏による適用範囲の拡大は、従来の慣例を大きく逸脱したものであり、多くの法律専門家や議員から「IEEPAの濫用」との批判が相次いでいます。

議会は大統領権限に対抗できるのか?

IEEPAに基づく「国家緊急事態宣言」を無効にするためには、米議会は以下のいずれかの手段を取る必要があります。

①国家緊急事態の終了決議

議会は「国家緊急事態法（National Emergencies Act）」に基づき、上下両院で単純過半数（simple majority）の賛成を得られれば、大統領による緊急事態宣言を終了させることが可能です。

ただし、大統領がこの議会決議に「拒否権（veto）」を発動した場合、それを覆すためには上下両院で3分の2以上の多数が必要となります。米国の現状では政党間の対立が深く、これだけの票数を確保するのは極めて困難です。

②法律の修正・新設による制約

IEEPAや1962年通商拡大法（第232条）など、大統領に関税権限を与えている法律を修正することで、大統領の裁量を制限することも可能です。たとえば、関税措置を実施する際には事前に議会の承認を必要とするような条項を新設する手段が考えられます。

しかし、この場合も大統領の署名が必要であり、仮に拒否された場合は、やはり上下両院で3分の2以上の賛成が必要になります。

③司法による差し止め

影響を受けた産業界や議員が訴訟を起こす可能性もありますが、司法は国家安全保障に関する大統領権限に対しては慎重な立場を取る傾向が強く、「政治的問題（Political Question）」として棄却されるケースも多いため、実効性は限定的です。

超党派による巻き返しの動きも

こうした中、一部の上院議員（例えばRon Wyden氏ら）は、トランプ氏によるIEEPAの運用に制限をかけるため、民主・共和両党による共同決議案を提出。単純多数の票で国家緊急事態の終了を目指す動きが見られます。

仮に共和党内からも一定数の賛同が得られれば、決議の成立や法改正の可能性も現実味を帯びてきますが、最終的には大統領の拒否権や党派政治の壁を乗り越えられるかが鍵となります。

まとめ

トランプ政権が貿易戦争を主導できたのは、IEEPAを通じて大統領に極めて強力な権限が集中しているという米国法制度の構造に起因しています。

本来、IEEPAは重大な国際危機への対処を目的とした法律でしたが、政治的な通商政策にまでその適用範囲が広がったことにより、米国議会・法曹界ではその正当性や限界について議論が続いています。

今後も米国大統領の発言や政策によって市場が大きく揺れる場面は避けられません。投資家にとっては、個人の発言に過度に反応するのではなく、制度的背景や立法プロセスを冷静に読み解く視点が、より重要になっていくといえるでしょう。

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